謹賀新年


 気が遠くなるような時間の流れの中。
 昨日も明日も変わらないような毎日を生きている。
 退屈、だなんてものじゃない。
 それはもはや、時が止まったかのような毎日で――。




 いきなり、扉が開いて、空気がさっと入れ替わる。
 そのあまりの冷たさに、思わず首をすくめた。




「雲中子っ! あけましておめでとー!」




 扉口で逆光になって浮かび上がるシルエットは、まるで光を背負うよう。
「…………なに、が」
 おめでとう?
 首を傾げて彼に問う。
「なーに言ってんだよ雲中子」
「だって、」
 あれ。何が明けたんだっけ。断食なんてしてないよ。
 もしかして、もしかして。
 ずかずかと私の洞府に入り込んできた彼は、呆れた顔をしている。
「道徳、今日って、元日?」
「ったりまえだろー。雲中子、もうボケたのか?」
「いや、ボケたというかなんというか」
 そんなに星を読んでなかったのか。そんなに空を見てなかったのか。
 日付も分からなくなるほどに。
「……なるほど、そうか」
 ぽん、と手を打って。
「君にこれを言うのは何百回目だろうね?」
「ん?」
「あけましておめでとう、道徳」
「おうっ! お前も新年くらい元始さまに顔見せしとけよ?」
「えぇー……面倒くさい…」
「今から太乙誘って一緒に行くからさ、雲中子も行こうぜ」
「行く」
「…お前なぁ……」
 忘れていた。かなり忘れていた。
 止まる時なんてないこと。私の意識すら関係なく、この惑星は回り続けること。
 こうやって、節目節目に、気持ちの整理をつけること。そうやって、着実に重ねるものがあること。
 止まっている場合じゃない。
「道徳さあ、新年くらい正装しなよ」
「あとでちゃんと着るよっ」
「私は正装で太乙に会うからね」
 祭祀をするような縁者などいない我々が捧げる感謝は、自然の全てへ向かう。
 当たり前のように毎朝昇る太陽や、恵みを運ぶ雲や雨や、実りをもたらす大地や、海や川。
 すべての自然物に敬意と謝意を以って尊ぶ。
 昨日と同じ今日だけど、今日は二度と来ない。
「道徳」
 後ろで、ずるいだのなんだの騒いでいる、数少ない友人にも。
「ん? なんだよ」
「今年も、よろしく」
「…………」
 驚いてぽかんと口を開けたままの間抜け面の額を、手の平ではたく。
「って」
「何ぼさっとしてるんだい。ほら。行くんだろ」
 正装と言っても略式だけど、それなりに気が締まる、刺繍の袖を翻して。
「おー! 今年もよろしくな、雲中子!」
 にこにこと楽しそうに、今年も笑っている道徳を振り返って。
 こうしてまた一つ、私たちは年を重ねていく。